1701 > 現世に生きゆくわれは帰途の駅の鏡に写して口紅を塗る 1702 > 別れ来し男ひとりが喫泉をふふむ紅の香すすがんとして 1703 > 友禅の賀茂の清みに紅色のよどむ岸辺に落花舞ひけり 1704 > 落ち椿を手に拾ひつつ生き恥と言ふも晒して生きむと思ふ 1705 > いはけなく歌よみてただ歌よみて翁とならば嬉しからまし 1706 > 意味などを問ふこともなく歌ひこし息吐くやうに息吸ふやうに 1707 > 意味といふもの脱ぎすてし裸身今きらぎらしくもまなかひに立つ 1708 > みどりごの手足おのづから舞ふやうに鎧捨てたる歌はまはだか 1709 > けふ生れし人の如くに百千鳥鳴きすむ朝をめで愛しむかな 1710 > 鶯の来鳴きてやまぬ里山にけふは初花咲くを愛でたり 1711 > 満開の花に小リスが群がりて枝から枝へ小鳥のやうに 1712 > 今更に雪降り来る桜花僕の為にも耐えて下さい 1713 > 海なりのとほくきこへしあばらやの花めでくまむながき斗の酒 1714 > 花冷えの冷えつくしたる東京よ友の婚ほぐべく我は来ぬ 1715 > 散れよ散れよと吹ぶく桜を身に浴びて流されゆきし帝のありき 1716 > 郷愁と幻想と愛シャガールの絵に霊感の花嫁は舞ふ 1717 > 渚にてさざ波白くよす砂にふる雪きへて春遠からじ 1718 > 渚より持ち帰りたる陶片の示せし歴史の神秘に触るる 1719 > いつの日にか拾ひし白い貝殻を窓辺において海風を呼ぶ 1720 > きみのゐた去年(こぞ)の浜辺の桜貝耳に寄せれば海鳴りの音 1721 > 築かれし渚の砂のマンションのまだそのままに波や寄せくる 1722 > ブー・フー・ウーにさらに弟がゐたならば砂のお家にしたかもしれぬ 1723 > ヒマラヤの嶺より落つる雪解けの水に還りく砂の曼陀羅 1724 > 雪解けの思いがけない激しさにふだん瀬とみる水が滝なす 1725 > 激しさを普段は隠しているけれどふいに湧き来る抗えぬもの 1726 > 花の下妻と二人で乾杯す癌取り去りて三度目の春 1727 > せつかくの一生だからみの虫も春には若葉に着替へてみたい 1728 > うららかに春はめぐりて至れども齢重ねる父母の明日想う 1729 > それぞれの迎へる春はとりどりの仕立て直しの衣まとひて 1730 > 真つ白なノートを開く心地する四月新たな門出祝ひて 1731 > 新入の若き決意の面々と夢をともにし日々にすすまな 1732 > 夢求めとつ国へ立つ若きらよわが踏むもいまだ知らざりし道 1733 > 介助犬連れて学門くぐりたる三年(みとせ)の辛き試練を耐えて 1734 > ここしばらく開かれしことなきような西洋館の門に風花 1735 > 廃材の残る更地にさくら散る生垣荒れて今は声なき 1736 > 廃屋に白木蓮が高くさき谷間の村の過疎になりゆく 1737 > 杣道を辿れば散り来る峰桜蒼穹揺らし高きひともと 1738 > すこし目を上げて歩けばわが巡りの山のをちこちに桜花咲く 1739 > 桜咲き十日も経てば咲いているのが当たり前散ると思えず 1740 > 清滝へ紅葉の渓を山桜うすくれなゐに霞染めたる 1741 > 「添ふてもこそ迷へ」と風のささやけば風の流れに散る桜花 1742 > 北の野のまだ覚めるやらぬ雪の間のささやく風に散る花もなき 1743 > ためらひてをればおぼろの月影が誘ふらしいで枝離れてみむ 1744 > 花おぼろ鶴千代もまた亀千代も押し込められて家絶えにけり 1745 > 花万朶鶴亀の島浮かべたる庭園に居て落つる涙も 1746 > 神苑の水面に映るくれなゐの枝垂れ桜に春は闌けゆく 1747 > その花は彼岸に咲くや天心にして脇見せり春の雁(かりがね) 1748 > うらうらとただよふごとく散る花に此岸にたくむ吾をわすれむ 1749 > 明日はもつといい日にならむさくら色に土蔵の壁が夕陽に染まる 1750 > 染井吉野ばかりの並木抜けてきて一本の山桜に心魅かれる 1751 > 湧水の渓を覆へり花霞うすくれなゐに色を重ねて 1752 > 渓流へ届くほどなる雪柳せせらぎの音に何思ふらむ 1753 > 花冷えの池をみにゆく車椅子疾く疾く押せと曽祖父のいふ 1754 > 注ぐ酒の絶へなば絶へね桜花一期一会と聞き給ふゆゑ 1755 > 山峡にふる花びらの幽けしや沈金のごと岨のせせらぎ 1756 > 春風を切りて川面を飛ぶつばめの歌あり四月初めの歌会 1757 > みちのくの旅の終はりの水湊灯ともしごろに花は舞ひ散る 1758 > 一日の山旅は終はりに近づきて火の見櫓のたつ村が見ゆ 1759 > ゆかむとす旅のすがらの手合いなど思ふなどして予ねてたのしぶ 1760 > 日を受けて花の命の鮮やかに咽ぶまで咲け目に焼きつけむ 1761 > 放課後のコートに躍るきみを見てわれは佇(た)ちをり残照のなか 1762 > 葉を少し兆して地味になる桜 残照のなか輝き戻す 1763 > あさの日に恥かしげなる春の山夕べに深き憂ひをたたふ 1764 > 歩き初めしをさなごのやうに深山木の梢ひたすら春に向かへり 1765 > 木漏れ日の窓より入りてゆらゆらと長閑けからまし我が恋知らず 1766 > 心当てに君を待ちをる春の苑夕闇甘く揺れるブランコ 1767 > 花過ぎしだあれもいない鞦韆のふいになつかし風にゆれるを 1768 > ミシン踏む妻の姿よ洟啜る音もいとしき日を重ねつつ 1769 > 波音をいとしきものと思いつつ海より離れしオフィスに居りぬ 1770 > よせてまた返へす潮間の小波の潮の満てるは猛けるが如し 1771 > 猛りくる波と空とのあはひにも光は満ちてターナーの海 1772 > 画用紙に横に一本線を引き子の絵はたちまち海と空になる 1773 > 一筋の雲曳きながらジェット機は空と海とのあをに消えゆく 1774 > ジェット機の影落つ春の山間にやや斜交いに煙たなびく 1775 > 朝靄の青きに紛れやまあいの里に炊ぎの煙のぼり来 1776 > なにもない村よと仰げば曇天に黄の羽広げて鶺鴒が飛ぶ 1777 > 夕空の朱に遊弋せし鳶の仰ぎし吾をいかに思ふや 1778 > 悠然と空に画く輪を絞りゆく鳶の狙ひは春の野うさぎ 1779 > 夕桜はやも散りける川面より雁飛び立ちぬ 心残さず 1780 > 夕光に照り翳りつつ薄墨の花散るに似て『かげろふ日記』 1781 > 新芽なす谷のあはいのそこだけに色をまとひし山桜かな 1782 > 散りそめし桜の花に雨がふり夢ならばとまた思つてしまふ 1783 > 薔薇色の蕾にあるる春愁ひ鬱金桜の夢ならなくに 1784 > 薔薇色の風を集めて横浜の山手の丘に佇む茶房 1785 > 昼下がりの茶房にたまゆら思ひ出す 今でもミルクはたつぷりですか 1786 > 遠のけば乳白色に溶けてゆく思ひ出のなかの鮮やかなるもの 1787 > 身の傷はいと消えやすし十年経ておぼめく君を赦すべきやは 1788 > 傷癒へてそなたの傷を思ふときそっとなぞるは壁のイニシャル 1789 > アルプスの星降る小屋に痛めしむ小指はいまも「小指の思い出」 1790 > 懐かしき歌口ずさみ湯に入ればシャワーの漏りのリズムとやなる 1791 > 懐かしき歌はいつでも別れ歌 手首の傷などわれは知らぬに 1792 > 故郷で「す・き・で・す・・さ・つ・ぽ・ろ」口ずさむ疼く傷など無くもナツメロ 1793 > 傷跡は十重に二十重に包みおき「おぼろ月夜」をくちずさんでみる 1794 > 花の宴朧月夜に果てぬるをかたみにかはす扇眺めつ 1795 > そのむかしおさなごころにかんじたる おぼろづきよのたよりなきゆめ 1796 > 闇の底に覚めをればおぼろの思ひ出は扇に隠すかんばせのごと 1797 > 春風の生まれてきたる扇状地濃く彩りてゆく桃の花 1798 > 源平のゆかりならずも紅白に交じりてゆかし 桃の花咲く 1799 > 風つよく窓を見やれば生垣の葉先きはすでに新緑が咲く 1800 > 春の闇にほふがごとくしみじみと一里かなたの汽笛聴きをり |