桃李歌壇  目次

春の疾風

連作和歌 百首歌集

 

5501  鳶群れて渦を巻きては高空に春の疾風に昵む如くに  蘇生 218 0850
5502  いくさ世の揺らぎの中に東風吹きて頬をやさしくねぶりゆくかな 茉莉花 218 1019
5503  願はくば踏みにじられしきさらぎのイラクの民に星よ光れと 真奈 218 1117
5504  たんぽぽに人などいらぬ生きるものすべてに星が輝くならば 海月 218 2241
5505  たんぽぽは千の眼でわれを撃ち不気味な一つ目はキュクロプス 真奈 219 0043
5506  晴れの日の花粉とびかう憂鬱に眼球だして洗いたきかな  蘇生 219 0702
5507  わが友は杉の花粉を浴びながら咽ることなく一人木を切る 弁慶 219 1918
5508  餓鬼大将杉の大樹をゆさぶりて花粉を雪と遠き日のこと  220 0042
5509  たふたふと花粉滾らす杉の木のいつもは知らぬ並木道かな  蘇生 220 0738
5510  千年のいのちを生きる屋久杉の瘤に瘤つき哄笑のごとし しゅう 220 1115
5511  (しほはゆ)し人も荒れ野も億年の血を嘗めてみる春の終りに 海月 220 1505
5512  聖人は荒野を好み修行せし我の願いは暖衣飽食 弁慶 220 1716
5513  バブル期の酒池肉林を愛でて今糖尿病を友の友あり  蘇生 221 0547
5514  帰雁せず病む友のいてこの川をわが故里と定めおきたり 海月 221 2058
5515  療養所のほかの記憶は幼少の故里ばかりひたすらに恋う しゅう 222 1115
5516  時流れイラク支援の輸送艦わが故郷の港出でゆく  蘇生 222 1300
5517  故里は遠にありてと思いしも故里守る人ありてこそ 弁慶 222 1435
5518  いつの世も生きとし生きる同胞の褻の営みの重ね思ほゆ  蘇生 222 1913
5519  残り蚊がよたたた飛ぶや春暁に咳ひとつ出づこれも褻なるか 海月 222 2113
5520  美術館ゆく印象派からキュビズムへ春のかけらになってしまおう ぽぽな 223 0328
5521  シベリアを描きし香月泰男展涅槃の黒は心象風景 茉莉花 223 0943
5522  シベリヤの森林火災の危機を説くわが日本の若き科学者  蘇生 223 1912
5523  溶け出す永久凍土マンモスに跨る兵士打て!吾を打て 海月 223 2052
5524  キキキキキー鉄の軋みし跨線橋別離のあとに夜汽車見てゐし しゅう 224 1158
5525  莖立の背伸びして聞く遠汽笛鉄路のさきに何見えしかと 真奈 224 1243
5526  背伸びして競うがごとき土筆たち辺りに春を告げるが如く 弁慶 224 1707
5527  大瀬崎田子柿田川人穴か胸突く地の名土筆生ふるも  225 2333
5528  雪なんぞ降る気配なく東京の暖かきけふ2.26の日 茉莉花 226 1039
5529  三寒も四温もあって花もあり雪もあろうさ戦争だもの 海月 226 2321
5530  生まれてより一度も平和を知らざると語りしベトナムの少女忘れず 茉莉花 227 0014
5531  ジャスミンの香り豊かなひと時を戦の庭の子らに分けたし 弁慶 227 2010
5532  沈丁はせりあふやうに色なせりやがては宵の風になるらむ  蘇生 228 1755
5533  春の風片目のジャックさぶかろふ人を信じぬオイ猫よ来よ 海月 31 1104
5534  乱れたるサイレンらしき声がして寒さの猫にしかと春来ぬ 蘇生 32 0709
5535  乱れたる園にしあれど絵唐津の模様にしたき若草の芽よ 弁慶 32 1359
5536  火球の亡びの果ての水ありて下萌の声ぷつと止みたり 海月 34 1130
5537  ゆるらかに修二会の春は二月堂明くや参籠春はまことと  蘇生 35 1025
5538  二月堂三月堂を廻り来て若草燃ゆる山を見るかな 弁慶 36 0006
5539  まばたきに涙払ひて鹿の群見るふりしたる戒壇院脇 千種 36 2105
5540  このたびも幣を手向けぬ手向山三笠の山は草萌えにけり 弁慶 36 2215
5540  道の上に売らるるビーズの乱反射まばたきすれば別れの予感 たまこ 36 2215
5541  川渡る名残雪かよけふもまた瞬きばかりばかやろといふ 海月 37 2225
5542  名残り雪君と別れし丸の内赤きレンガの駅舎なつかし 弁慶 38 0017
5543  経済紙片手に髪をなびかせて颯爽と行くキャリアウーマン  冬扇 38 1125
5544  家事仕事請負ふ妻の履歴書を代筆しつつ弥生迎へり   丹仙 38 1613
5545  主婦業と無職の差異を思ひつつ職業欄にはいつも悩めり たまこ 38 1805
5546  旅先のネットカフェでリストラの情報交はすキャリア厳しき 真奈 38 2004
5547  自由業と名乗りつつも最初からフリータ−だよと思えば納得 弁慶 38 2155
5548  春をよぶ修二会行法俗の名はお水取りともお松明とも  蘇生 39 1054
5549  火と水の儀式の前に一膳の飯にて鶏に懺悔まゐらす  丹仙 39 2111
5550  オリーブの枝をくわえしかの鳩もウイルスにまみれる世も末なるか 弁慶 310 0117
5551  白飯をもりて供えし神の宮娘等中東へ赴く朝   310 0136
5552  山の手線電車の窓より神宮の木々の梢の膨らむを見る 弁慶 311 0001
5553  人情は紙風船さ膨らんで流れるだけと山中貞雄 海月 311 2050
5554  帰る国無きが移民か帰る人無きが移民か風船流れ ぽぽな 313 0202
5555  お茶の水さくら花散る聖橋神田の流れ春のうららの 弁慶 313 0250
5556  夜勤明け朋を呼ぶかやけものごえ最後の春に父は帰れた 海月 313 2122
5557  朝が来て昼が来てまた夜が来る昨日と同じが我れの幸福 弁慶 315 0844
5558  爽やかに目覚め夕べに瞑目し明日の健やか願う幸せ  蘇生 315 1624
5559  ささやかな小さき幸すら得られずに闇に震える人々を思う 茉莉花 315 2326
5560  天城路や月ヶ瀬村の梅林の花の香に酔う我は幸せ 弁慶 316 0058
5561  金色の釦買ったよ三つだけ星が見てるよほら三つだけ ぽぽな 316 1009
5562  ふらここに雀が三羽遊びあく金色空がお家へ帰ろ 海月 316 1405
5563  足で漕ぐふらここ空に舞い上がり空だけが見え雲だけが見え 弁慶 316 2147
5564  赤道の直下の空に聳え建つツインタワーを雲がなでゆく  蘇生 317 0844
5565  幻のバベルの塔は崩れ落ち金鵄ふたたび騒ぐまほろば 真奈 317 1136
5566  まほろばに若紫のスミレ咲きめぐる辺りの山笑いけり 弁慶 317 1228
5567  紫のにほへる妹と詠はれし紫野いまいづこにあらむ 茉莉花 317 1349
5568  紫野芋粥啜る男あり褥おぼろに現も夢よ 海月 317 1659
5569  かの時の紫イモの美味しさよ今も忘れぬかの薩摩芋 弁慶 317 2108
5570  トゲトゲの実を割り開きおずおずと喰らわばなんと美味きドリアン  蘇生 318 0649
5571  ドリアンは旨きものよと父の言ふ腹の足しにはならないけれど 海月 319 1316
5572  臭き物皆美味なりとひとの言うキムチ塩辛ご免被る 弁慶 319 1520
5573  ビルマにてご免被る食い物は何一つなく飢えて死ねとか 海月 319 2134
5574  時の背を押す機械なら出力は臨界にせよ君に会いたい ぽぽな 320 2357
5575  逢いたくば千里も一理益荒男よ松帆の浦の花を見に来よ 弁慶 321 0524
5576  背を押され松帆の浦を訊ねしがすでに虚しく花は散りたり  蘇生 322 1031
5577  見晴るかす明石の浦の夕霞逢はじと思ふ恋の悲しき  冬扇 322 1608
5578  ともし火のかすかな明かり遠くみし海峡へだつ恋や悲しも  蘇生 322 1905
5579  峠より君住む家の中庭にかすかに見ゆる白き木蓮  弁慶 322 2257
5580  久しきや玲瓏なりし波の間に伊豆大島を遠く望めり  蘇生 327 0841
5581  はるかなる安房のやまやま波の間に見え隠れする春の朝かな 弁慶 328 1819
5582  春色の伊豆の山々見晴るかす鎌倉山に花咲き初むる  蘇生 329 0732
5583  極楽寺東慶寺にも春の風比企が谷戸にもすみれ花咲く  弁慶 330 0854
5584  母葬る路辺にすみれまたすみれたしかあの子の十二のあした  331 0902
5585  母逝きて四十九日の我が庭に白き木蓮咲きにけるかも 弁慶 41 0630
5586  いつの日か終は如何にと問わるれば花の下より春の海なり  蘇生 41 1951
5587  ごつごつと枝張り伸びて幹黒し紆余曲折のごと花の道 しゅう 41 2157
5588  奧入瀬の山毛欅の林の中に咲く蔦温泉の山桜かな 弁慶 41 2248
5589  熱き湯に身をやきて階の急勾配にまた汗噴きぬ(蔦温泉) しゅう 42 0710
5590  八甲田見下ろす津軽野はるけくも海の彼方に蝦夷が島ぞ見ゆ 弁慶 42 0727
5591  四月とて蝦夷地の春の遅々として捨雪重く川原を埋めり  蘇生 42 0754
5592  いにしえの三台丸山の高殿は蝦夷地に向きて航路見晴るかす しゅう 42 0949
5593  この春は鰊群来なる報ありてなんと久しき季語の現実  蘇生 42 1104
5594  ラジオから「はるばる来たぜ函館」の唄流れ来る歌人の墓 弁慶 42 1124
5595  エイの尾の渡島と称す半島に蝦夷開拓の嚆矢を偲ぶ  蘇生 43 1126
5596  おそ咲きの然別湖の蝦夷さくら炉の炭赤く姫ますを焼く 弁慶 44 1051
5597  北辺の四方を知りたる君なれば蝦夷との縁は如何に有りなむ  蘇生 44 1124
5598  君子とは多能を恥じる事なりと無芸大食物見遊山す  弁慶 44 1146
5599  平かな全生園に「望郷の丘」盛り土の上の四方かも しゅう 44 1151
5600  薄命の天才歌人啄木の歌碑は小さき望郷の丘  蘇生 45 0549